「 ね、なんでそんな逃げるん? 」
そう言った彼の顔は実に意地悪く、私との距離を縮めてくるのだった
「 や、あの、は、離れてください! 」
「 …なんで? 」
「 なんでってあの…ち、近い! 」
「 だって近寄らんと、の可愛い顔がよく見えんじゃろ? 」
「 …も、からかわないでください! 」
私と彼の関係はよく分からない
何故かこうやって絡まれることが多い
もうこれは毎回のことで、ここがたとえ人気の多い廊下だとしても
他の人たちは見て見ぬフリをする
いや、そこは助けて欲しいんだけど…
やっぱり仁王くんは立海テニス部のレギュラーというだけあって
女の子からの人気もすごいし、実際すごく整った顔立ちをしている
髪なんて自分で染めているのか、地毛なのか(ってそれはありえないか)分からないけど
きれいな顔立ちと同じようにキラキラ輝いていたりして
気付けば鼻と鼻がくっついてしまいそうな程の距離に彼はいて。
「 !! …近い、ってば! 」
そう言って彼の体を離そうと試みるのだが、さすがに男の子というだけあってビクともしなかった
男の子に加えてテニス部員だもん 体はしっかり鍛えられているのだろう
見た目以上にしっかりした彼の体に触れた手が熱を持っていくのが分かった
「 無駄、じゃよ 」
彼の香水のにおいなのか、彼自身のにおいか分からなかったけれど、
ふわっと香ったと思ったら次の瞬間には、私の体は彼の体にすっぽりと包まれていた
「 …いーにおい。 」
彼は私の髪に鼻先を触れさせてそう言った
…ちがう。私なんかとは比べものにならない程彼の香りはいい匂いだ
彼の魅力をさらに引き出すかのような、魅惑的な香り
…あぁ、頭がクラクラする
「 ? 」
だめだ。 彼の声が、彼のにおいが、彼のぬくもりが、存在が。
私をおかしくさせる…
「 名前、呼んで? 」
「 え、に、にお…くん? 」
「 ま、さ、は、る 」
「 …ま、さ…はる? 」
「 よく出来ました 」
だから嫌なんだ
彼に絡まれると、私は抵抗できなくなってしまう
彼の声に逆らえなくなる
心地よいぬくもりに惑わされる
ちゅ、と頬に彼のキスが舞い降りる
そのあと満足そうに笑った顔は、いつもの詐欺師と言われるような顔ではなく
少年のように無邪気だった
そんな風に笑うのを知っているのは、私だけ
…私だけのもの。
あー…このドキドキをどうしたらよいものか。
( 侵されていく、彼の声に、存在に。 )
20081011